2013年4月30日 (火)

生活がようやく回ってきた。

 随分とまた間を開けてしまったが、久々のブログ更新です。

この激動の1年間、随分と自信をへし折られ落胆することが多かったが、これまでとは異なった世界の人たちを沢山知り合えた。また、これまで考えもしなかった職業についた。生活は苦しくなったが、臥床心胆で実力を蓄えたいと思う。

それまで生活が持つのかわからないが、少なくとも訓練を受けた電気工事士と冷凍機械責任者の資格、TOEICの目標点を取って次のステップに進みたい。

あまり、多く更新はないかもしれないが、ほそぼそとこれまでよりは頻度を上げてブログを書き込みたいのでよろしくお願いします。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年10月 5日 (金)

1年ぶり近況

前回の大阪マラソン参加から1年近くたちました。生活は激変。

居住地は神奈川から大阪へ、職を失い現在、給付を受けながら、職業訓練校の入校待ち。

一体、1年前にこの状況を想像できただろうか?

何とも言えない。

しかし、人生山あり、谷あり。谷底に落ち込んではいるが、必ず這い上がってやるとの思いは失っていない。

6月末の失職以降、何十社の企業、地方公共団体の選考に落ち続けているが、大学入試、就職の時も落ち続けて、結局唯一合格したところを歩いてきた。

それが、結果的に面白い人生となっているし、落ちた経験は実になっている。さぁ、これからも頑張るぞ。

P.S. 失業期間中にホームヘルパー2級の資格がとれた。訓練校でも5つの資格に挑戦できる。色々、学びたい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月29日 (土)

明日いよいよ大阪マラソンスタート

 本日は、多忙であった。

朝4時20分起床、4時35分に家を出て、羽田空港へ。
6時30分発大阪行きに搭乗。8時45分に家に到着。

9時に家を出て、10時尼崎着、協力隊大阪府OBOG会幹事会議に出席。
14時まで会議と、T氏にアラブ衣装を貸し出すことで時間を費やす。

その後、インテックス大阪に移動し、マラソンのゼッケンを受け取る。
東京マラソン並みに3万人の参加ということで、会場は満員。
参加賞のTシャツとゼッケン、明日の荷物を預け、ゴール地点で受取る
ための荷物入れなどを入手。

午後3時半に会場を出て、天王寺のめがね屋に行く。めがねを中1で
作って依頼40年近いお付き合いで、今回はめがねの色々な調整を
してもらい。明日のレースで汗でめがねが落ちないようにした。
16時40分に家に向かい、17時半に一旦帰宅。

そして18時に1ヶ月半ぶりの散髪へ行く。髪はすっきりし、これで
明日のレースを快適に走れそうだ。

そのまま、母の家に行き、調子の悪いPCを調整、大阪マラソンの出場者
のタイムを5km毎に見られるように、URLをお気に入りに追加した。

妻の実家に夕食を招待され、たらちり鍋を食す。帰宅は22時。
長い1日だった。明日は5時起きで、会場に行く。

皆さん、sueの番号は28289(ニヤニヤ、キュー)です。関西では読売TVの
大阪マラソンの放映時間にゴールできる予定(東京マラソンの実績から)
なので、暇な人は15時20分から40分の間は、読売TVをみてくだされ。

走っている様子の記事と写真は明日以降アップの予定。乞う、ご期待。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月26日 (水)

マンボウ逝く

 沖縄出張のホテル滞在中、食費を節約して、割り引かれるお弁当を買いにスーパーに夕方通っていた。

沖縄の鮮魚売り場にはマンボウの切り身が置いてあった。いったいどのように調理するのか興味津々です。沖縄に詳しい方、ぜひ教えて下さい。

さて、本日ニュースでは、一昨日ドクトル・マンボウこと北杜夫さんが逝去されたことを伝えている。

私の世代の殆どが「ドクトル・マンボウ航海記」を読んだと思う。それから狐狸庵老人こと遠藤周作さんとの交友の本も読んでいる人が多いはず。

ユーモアと純文学の2本立ての両作家であった。20年前に亡くなった弟が文学青年で両者の本を貪り読んでいたことを思い出す。私は理系で文学は苦手であったのでもっぱらユーモア本を弟から借りて読んだことを思い出す。それで一時期は船乗りになりたいと思ったこともあった。

弟の大学の卒業論文は北杜夫について書いたと聞いたが、その頃東京で働いていたのでどんなことを書いたのかは知らない。だが、母から論文の中間の評価で担当教授から批判され、怒っていたときいたきりだ。今も実家には北杜夫の全集があるはず。弟が生きていたらどんなコメントを出したのだろう。今頃天国で語り合っているのかもしれない。

年をとって濫読になっているので全集を紐解いて秋の夜長に読んでみるのもいいかなと思う今日この頃である。

北さんのご冥福をお祈りします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月11日 (火)

沖縄出張(ヤギ料理)

 明日、沖縄出張のハイライト、研修生の成果発表がある。ようやく日記を書く余裕ができた。

もともと、5月から半年振りなので何とも言えないのであるが・・・。

写真は、ヤギ料理。
先週金曜日、モンゴルでIT分野での国際協力の専門家をしていたときに沖縄から助っ人で来てくれたF社のOさんが、ヤギ料理を食べてみたいという私のツブヤキに応じてくれたのだ。

Oさんに感謝。ヤギ刺とヤギの血と肉と野菜を炒めた物、ヤギ汁の3品。珍味でした。刺身はにおいがあまりなく、美味しくいただきました。

0024

00250026_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

沖縄出張

 

9月27日に沖縄入りした。

イラク人のIT政策研修のコーディネータが主たる業務だが、普通のコーディネータと違うのは研修中に講師として講義も受け持つことであった。

結構大変であったが、那覇市、伊江島、名護市、沖縄市、糸満市の様々な施設や学校を見学し、沖縄県のIT振興策を見ることができて参考になった。

研修も残すところ2日、講義も終わり、あとは研修成果の発表会と評価と閉講式。もうひと踏ん張り頑張らなければ。

Iraqcourse01_2Iraqcourse02_2Iraqcourse03_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月16日 (月)

山梨出張

金曜日に突然、日曜日の出張を打診された。

今春、青年海外協力隊をはじめとするJICAボランティアの春募集が一旦中止されていたものの、急遽再開が決まった。しかし、従来のような大々的な宣伝はせず、ホームページとメールマガジンと口コミで広報するということだった。

回数を大幅に削減した説明会も開催されるが、どれだけ人が来るのか危ぶまれる。関東近郊の地方都市にして、県庁所在地の甲府にどれだけ人が来るのか、心配だった。

2011051502 説明会は、12時開始。1時間前に会場に行くことになっていたので朝は、少し早めに出た。甲府駅について会場の国際交流センターまで徒歩20分という。南アルプスの雄大な景色を見ながらセンターに向かった。

2011051503 説明会が始まる。10人来たらいい方ですよと山梨県国際協力推進員さんが言っていた。相談員席には、次々と人が来た。最近の傾向なのかシニア海外ボランティアの相談が多い。この日来た唯一の協力隊希望者は「コンピュータ技術」を目指しているという。ちょうど私の専門だ。水を得た魚状態で沢山の情報を提供できた。結局、3時間はあっという間に過ぎた。この日、説明会に募集要項のみを取りに来た人を含め9人の参集者という結果だった。ほぼ、見立て通りの人数だった。

2011051501 一仕事終えて、帰り路をブラブラしながら帰る。甲府駅前の居酒屋でJリーグの甲府のチームが勝ち、気勢を上げている若者に交じり、早時間割引で200円のハイボールを飲みながら、名物「鶏モツ煮」と「地元味噌と生キャベツ」をつまみにしてほろ酔い気分でいい気持ちだった。結局、ハイボール2杯とつまみで1150円とお安く済ませた。

そして、駅に向かう。途中、キオスクで地ワイン1合カップと地酒1合カップ、豆菓子を〆て600円で購入し、帰りの車中を楽しんだ。

ちょっとした小旅行。楽しかったが、明日からは通常業務、ちょっとブルーになった。来週週末は大阪だ。金曜夜に恩師の退官記念のパーティ、土曜日は大阪での協力隊募集説明会とイベント目白押し。大いに楽しみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 9日 (月)

忙しかった連休

 今回のGW2日間の有給休暇を取って10連休にした。
本当の目論見は実家の片付けだったのだが、ほんの一部しか出来なかった。

で、どうなったのかというと

4月29日 午前 GW後半の東北ボランティア活動のための買出し。
      午後 JICA大阪センターにて公開講座となった「世界の宗教」を23年度1次隊の隊員候補生と一緒に受講。先日までお世話になった宗教社会学のH先生の講義を聴く。先生の帰られる時に御挨拶。

4月30日 実家に行き、自分の部屋の本棚の整理

5月1日  午前 母を車に乗せ、京都の教会に
      午後 伯母と母とで介護器具の店に行き、介護ベッドの値段を見に行き、実家に行く。母と叔母は本を箱詰め。その間に義父を迎えに行き、本棚を実家から現在の家に運ぶ。2往復の後、最期に本と伯母、母、義父を乗せて帰宅。夜は両家の家族と一緒に食事。

5月2日  午前 役所に行き住基カードの電子認証の更新手続きと社会福祉協議会でボランティア保険の手続きをする。また、2つの金融機関で手続きと4ヶ所をまわる。
      午後 妻の伯母が倒れるの報。妻は病院へ急行。私は留守番兼東北への荷物の整理。義伯母の容体は一応安定も意識はない。夜は、集まった妻の親族と夕食。

5月3日  父方の従兄の母、つまり叔母の13回忌法要に宝塚に行く。午前中は読経など、午後は食事。

5月4日  早起きして東北へ出発。午前中は大阪から東京。一旦東京の自宅で何点かの荷物を置き、仙台に向かう。色々あったが、先発隊のいる宿に辿り着き就寝。

5月5日  東松島市での泥出し作業。農家と道路工事業をしている家の倉庫が担当。非常にきつい作業。途中、泥の中から何かの刺激臭で目をやられる。全員退避。泥に埋まった倉庫の整理は危険だ。一日かけてほぼ泥出し完了。くたくたになって撤収。

5月6日  午前 東松島市で最も被害が大きかった野蒜地区の一般家庭の泥出し。1階部分はメチャメチャだった。中二階も殆ど壊滅。2階がかろうじて津波被害はなかったが、揺れによる被害で家具の倒壊が酷かった。
      午後 別の地区の住宅地の床下の泥出し。前の2軒に比べれば軽微な被害に見えたが床上浸水の跡がくっきり。隣家の住人は亡くなられたそうだ。1mでもなくなる人がいたことに言葉を無くす。作業が早く終わったので石巻に行く。TVでも最も映像が流れている町のひとつだが、実際目の当たりにすると絶句以外何もなかった。また、TVでは分からない異臭に驚く。

5月7日 午前 仙台の避難所で住民の発案によるお互いが元気を出すためのイベントを開催するということで会場設営のお手伝いをする。
     午後 東京に向かう。先発隊の借りたレンタカーの返却があるため、渋滞を恐れたのであるが、殆どなく予想より2時間早く返却できた。追加料金がかからず、ほっとした。東北ではカップめんとレトルト食品のみだったので行きつけの焼鳥屋に行き、栄養補給。いつもより多めの食べ物が出てきて嬉しかった。

5月8日 午前 目黒の教団本部の教会の礼拝に行き、活動の報告。
     午後 朝日新聞から送られた無料券で横浜高島屋の人形の展覧会に行く。テーマは昭和。戦時中の子供の様子を見て、思わず昨日までいた被災地の子供を想う。

以上 休息がほとんどなかった休日の報告でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月25日 (月)

大阪も当たり

 大震災後、なかなか日記が書けませんでした。

本日、大阪マラソン事務局からメールが来ました。
6倍を勝ち抜き、当選。

10倍の東京マラソンと会わせて連勝。
一体どうなっているのか。
こんなところで運を使ってしまっていいのだろうか。

そして、ファンだったキャンディーズのスーちゃんの逝去にショック。
ご冥福をお祈りします。
週末、インターネットのスーちゃんの画像に釘付け状態の私に妻が呆れておりました。

GW後半、いよいよ被災地にボランティアで入ります。これはプライベート。

仕事では4月24日から仙台で2週間の調整員にどうやと部長に言われましたが、課長が別の仕事があると却下。

仕事でも、早く入りたいのですが・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月14日 (月)

つうきんなんみん

 土日は、自宅待機のような感じで自宅にいたが、近くのスーパーに行き、驚いた。食料品や飲料の棚が空っぽ。念のため、ろうそく売場に行くも空っぽ。

はぁー、東京の人間はパニックを起こしやすいのか。阪神淡路大震災の時はどうだっか。大阪も同じような感じだったか。確かあの時は、カセットコンロのカートリッジが品切れで、後なにかが品切れだったなぁと思いだしていた。

さて、日曜日夜に電力会社と日本政府が突然計画停電と発表。ついに日本も途上国並みだ。まぁ、途上国は予告なしに停電にしてくれるので対応が大変なのだが。

国家財政が厳しいときにこの大災害では、近い将来、ザンビアにいた時に恐れていたような状態が、日本にも来るのだろうかと思ってしまう。

朝、いつもより30分早めに家を出る。JRは止まっているので、金曜日深夜のようにひと駅歩く。東急電鉄は間引き運転。これが悲惨だった。15分のところを45分かかる。地下鉄は比較的スムーズだった。だが、出勤時刻は遅刻。電車遅れなので仕方ない。

この時点で事務所の出勤者は1/3くらい。たどり着けるだけ、まぁ運のいい?ほうなのだろう。

金曜日に徹夜で作業してくれた業者さんが修正してくれたコンテンツをチェックする。再修正をお願いして、現在、会長の最終チェックの結果を待っている段階。OKならば、明日からいよいよテスト配信だ。協力隊OVの皆様に見ていただくつもりだが、東日本在住の方々にお願いするのは無理だろう。西日本の皆様、ご協力よろしく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«三陸沖大地震